カルミアスタッフのブログ
私の家にあった1冊の古い本
「シーシュポスの神話」には
筆者であるカミュが考える
不条理の哲学が
執筆されています
その物語では
シーシュポスという男が
神を欺いた罰として、
巨大な岩を休みなく
山頂へ運ぶという
労働を課せられます。
しかし、神の言いつけ通りに
山頂へ運び終えると
岩は下へと転がり落ち、
いくら繰り返しても
同じ結果となります。
これは神々が
「無益で希望のない労働ほど
恐ろしい懲罰はない」と
考え与えられた罰でした。
しかし彼は
その全てを良しとして
途中で止めることなく
巨大な岩を運び続けるのです。
・
・
一見不幸な状況にある彼が
なぜ岩を運び続けたのか?
その答えはわかりません。
もしかしたら、
彼自身はこの状況下を
不幸と感じておらず、
・労働後の自由という希望
・岩を運び終えた達成感
・岩が転がり落ちる間の休息
・再び達成感を味わいたい願望
・次こそは!という精神力
などから、この労働に
意味を見出していた
のかもしれません
同じ仕事に対しても
幸せと感じる人がいれば
辛いと感じる人もいて、
物事の捉え方や考え方は
人によって様々です。
そんな、自分とは異なる
捉え方や考え方に触れることで
「こんな意見もある」のだと
新たに知ることができるのです。
私は、多くの方との会話や
今回のような本を読む中で
自分にはない考え方や
捉え方に触れて、
考えの幅が広がったように
感じています
これからも、
多くのことを経験して
新たなことを知って
自身の成長に繋げられるよう
日々精進してまいります。
サポートデスク 山﨑瑞萌